今年の1月は年が明けてから本当に寒い日が続きました。しかし、温暖化を考えますと、寒いとうことが嬉しいことでもありました。皆様お元気にお過ごしでしょうか。いよいよ今日から2月のさよなら歌舞伎座公演が始まりました。
先月のコメントで申し上げました通り、1月はお休みを頂きました。去年上海公演で大変お世話をして下さいました中国の方々が『お正月の日本を見物したい』という事で1月2日に来日されました。6名でいらっしゃいまして、皆様をお寿司や鰻など日本独特のお食事や、美味しい牛肉が食べられるお店へとご案内致しました。その皆様と一緒に、私自身も沢山遊ばせて頂きました。屋形船を出している「船清」というお店にお願いしまして、スピードボートで北品川の船着き場から出港し、夕暮れのお台場・レインボーブリッジ・勝どき橋等東京湾を周遊しました。次の日にはディズニーランドの裏手にあります浦安のヘリポートへ行き、東京都内の遊覧飛行もしました。新宿や上野、山手線の上空を遊覧して、あっと言う間に帰ってきてしまうのですが、ちょうど富士山のすぐそばに夕陽が沈んで行く時間で、空から素晴らしい夕景を味わえました。また、お台場の海浜公園にある観覧車にも乗りました。最上は120メートルほどまで上がるのでしょうか、この時期なので寒さの心配もしていましたが、椅子には暖房が入っており、キラキラと輝く素晴らしい夜景をゆっくりと楽しむ事ができました。私は10年ほど前に東京タワーに登ったときにもとても感動した覚えがありましたが、このお台場からの眺めも本当に素晴らしいものでした。中国からのお客様も大変喜んで下さいまして、9日の朝に中国へお帰りになりました。
年明けには色々なお店がバーゲンをやっておりまして、少し得したような気持ちで沢山の買い物をしました。今まで、東京でこんなにのんびりと過ごすことがほとんど無い私でしたが「銀ブラ」と言うのでしょうか、珍しくウインドショッピングなどをして過ごすことが出来ました。今のブランド店に勤めている店員さん達が、品を保ち、清潔感もあり、プライドを持ちながら、しかも丁寧な接客している姿を見て、古典に携わる自分が思っても、今の日本にもこんな雰囲気を出せる若者がいるのだなあと、とても嬉しく思いました。そしてある日、東銀座を歩いておりましたら偶然にも「歌舞伎座あと100日」という電光掲示板の近くを通りかかりました。『ああ、今日を過ぎたら後100日を切るのだな…』という感慨がありました。将来どのような新歌舞伎座が建つのかはまだはっきりと分りませんが、とにかくこの2月・3月・4月の歌舞伎座公演の舞台を一生懸命、そして健康で勤めたいと思っております。
今月は一七代目中村勘三郎さんの追善公演と致しまして、昼の部に「口上」と「ぢいさんばあさん」。夜の部には「籠釣瓶花街酔醒」に出演させて頂きます。3月は昼の部に「女暫」と夜の部に「道明寺」の「覚寿」というお役をさせて頂きます。この「覚寿」は、私の父が55年ほど前にやりましたお役なのですが、この狂言で十三代目仁左衛門さんの十七回忌と共に追善狂言とさせて頂きます。実は今年は、私の父三十七回忌としては一年早いのでございますが、現在の歌舞伎座の有りますうちにということで、この度追善をさせて頂く次第でございます。「覚寿」は老女役として大役でございます。精一杯勤めさせて頂く所存でございます。間もなく4月歌舞伎座興行の演目や配役の発表もあると思います。出来る限り華やかな興行として、お名残歌舞伎座公演を迎えられるようにと考えている次第でございます。
また1月は27日に三津五郎さんの追善舞踊会に出演させて頂き、20日にお稽古をしましたが、久し振りに踊りましたら足に力が入りにくい感じがしまして、はやり約4週間も休んでしまいますと「間隔を戻すのは大変だな」と思う1月の末でございました。
このさよなら公演の中には、中村勘三郎さんの追善。片岡仁左衛門さんの追善。父守田勘弥の追善とございますが、女形の私としましては、現歌舞伎座で大変ご活躍なさいました六代目中村歌衛門さんの追悼の意を込めて努めさせて頂きたいと思っております。五代目歌右衛門さん、そして先年お亡くなりになられました六代目歌右衛門さんが得意としておりましたお役をこの時期に沢山やらせて頂きますのは、本当にご縁であり、幸せな思いでございます。
歌舞伎座が無くなるという意味では、思い出の多い出し物が続きます。一生懸命努めたいと思っております。皆様是非この機会に歌舞伎座にご来場下さいますようお願い申し上げます。