コメント--バックナンバー 2009年11月

 皆様、如何お過ごしでいらっしゃいましょうか。今年も後半に差掛かり、はや11月になりました。秋の十月歌舞伎座公演、昼の部は今回で3回目となりました「蜘蛛の拍子舞」。夜の部は「義経千本桜」渡海屋・大物捕の典侍の局を初役で努めさせて頂きました。「蜘蛛の拍子舞」は11年前に歌舞伎座で初演したのですが、先年南座でも再演させて頂きました。今回は菊之助さんや松禄さんと御一緒しまして新しい「蜘蛛の拍子舞」という作品を演じる心構えで上演させて頂きました。「義経千本桜」渡海屋・大物捕は、今まであまりご縁がありませんでした。渡海屋・大物捕には、典侍の局と、腰元以外は女形が出ないものでして、女形としては舞台でなかなか経験の出来ないお役でございます。
中村芝翫さんに教えて頂きましたが、やはり大変難しいお役だと感じました。内容は、お能の「船辨慶」などを取り入れておりまして、『三大通し狂言の中でも趣向を凝らした出し物だな…』と改めて感じました。
 今月は山鹿の八千代座に来ておりまして、今は稽古中でございます。初日は2日で「京鹿子娘道成寺」を上演させて頂きます。早いもので、初めて八千代座に伺いましてから今年で19年目を迎えました。来年は八千代座で20周年目を迎えますので、何か記念するべき演目を選べればと今から考えておりますが、なによりもこの「京鹿子娘道成寺」を無事に済ませてから色々決めていきたいと思います。これまでには、代表的な歌舞伎舞踊、日本舞踊、地唄、それから「ふるあめりかに袖はぬらさじ」というお芝居も2回上演させて頂きました。5年の改修工事を終えて楽屋も非常に使いやすくなりまして、お客様を迎える施設も充実してまいりました。先月も述べさせて頂きましたが、打男のお稽古で佐渡へ渡り、またこの八千代座公演で山鹿に伺い、都会での生活や仕事が多い私としましては、地方で物を作れますことが、自分の人生の中で大切なことだと感じています。ここに居てゆっくりものを考え、今自分の居る位置というものを再確認することが出来るのです。
この八千代座千秋楽の13日を終えますと、明くる日の14日から上海に渡り「牡丹亭」の公演を迎えます。11月17日に初日を開けまして、22日千秋楽の6日間の公演でございます。今回私は「遊園」「驚夢」「写真」「離魂」「幽溝」「回生」と全て演じさせて頂きます。実際このお芝居を全部上演しますと、大変長い作品でございますので「遊園」から「回生」までお客様がご覧になりやすいように、2時間30分くらいにアレンジをさせて頂きました。また23日は、上海昆劇院との合同公演がございまして、専門の方々に観て頂く公演を行います。蘇州昆劇院の皆さんは「遊園」「驚夢」をそして上海昆劇院の先輩の女優さんが「離魂」を演じまして、私は「写真」を演じさせて頂きます。また12月のコメントでどのような催し物になりましたかを述べさせて頂きます。
 話しは変りますが、先日NHKのBShiで「エリック・アンド・エリックゾン」というドキュメンタリー番組を見ました。これは2003年の作品で、今回の放送は6年ぶりの再放送でした。ハイチのスラム街に住む20才位になる兄弟2人のドキュメンタリーです。先日の二回目の放送を観て、私は再度感動したのです。2003年より更に10年前からの彼らの状況の取材も含められた内容で、非常に貧しく仕事もなく、母親もいない彼ら2人ですが、その状況の中で生きる逞しい人生観を切実に感じました。貧しさとか、豊さとは、実はどういう事なのかと、つくづく考えさせられたのです。例えば今の日本のように、物が豊富で、なんでもすることが出来、何不自由ない家庭があり、経済的にも豊かな状態であるにも関わらず、人生が前向きにならなかったり、世の中に出て行けなかったり、また精一杯生きていこうと思わない子供達が増えているという状況の中で、改めてこのドキュメンタリーを観ていますと、生活環境・経済・食べることすら難しい彼らが「生きていかなければならない」「諦めない」という気持ちに満ちているという心の逞しさを実感するのです。勿論彼らにしか分らない困難や苦しい事実は沢山あるのでしょう。しかし、現世の状況を抜きにして、魂のレベルで考えた場合、その思いは彼らの自覚していないところで、貧困や不幸せではない、潔さではないかと感じてしまったのです。最後のシーンで兄弟2人が、カヌーに乗って『マイアミに行くんだ』と手で海を漕いで行くシーンがあります。マイアミに行けばきっと幸せや生き甲斐があると信じながら・・・。実はマイアミに到着することは不可能なのです。その絶望的は状況であるにも関わらず、夢と希望を捨てずに生きている彼らの船を漕ぐ姿に、美しさを感じたのです。私は2003年の放映を観て、また今回の2009年の再放送を観ておりましたら、最後のシーンで、お兄さんが2006年に射殺されたというテロップが流れました。弟は流れ弾に当たって足に傷害がのこっていました。ここで私がもう一つ思いましたのは、長いだけが人生では無い気がしてしまったのです。勿論短い人生では悲しいこという思いもあります。しかし「充実して生きて行きたいと思う未来に向かって行きながら、突然に死を迎える」ということはある意味で、完結しているような気がしてならないのです。私がこんな思いを持っていることは、このコメントお読み下さっている皆様はきっと不思議に思われるでしょうが、現在の日本で暮らしている自分にとって事実として強く感じたことなのです。機会がありましたら是非皆様にも観て頂きたいと思う作品だったのです。ハイビジョンではこのような素晴らしいドキュメンタリーが沢山あります。画面で観ることしか出来ませんが、他国を知り、作り物のドラマよりも遙かに感動的な一瞬が人生の中にはあるのだな…と思うこの秋でした。
 いよいよ師走になります。悪い風邪も流行っているようでございます。皆様どうぞお身体に気を付けてお過ごし下さいませ。