皆様お元気でいらっしゃいますか。さて、いよいよ秋のシーズンの始まりです。
9月の初旬にボラボラ島へ行ってきました。今月のコメントはそのお話しをさせていただきます。
30年程前、越路吹雪さんのリサイタルが年に3回行われていまして、私は殆ど見逃すことなく劇場に通っておりましたが、秋のリサイタルには夏に取材してきた曲などを歌われていました。その中の『ボラボラ・アイランド』という越路さんの歌を忘れることができません。それはこういう歌詞です。
『ボラボラアイランド』
白い砂 ぬける空
この世にひとり私は残されて
あつい風 ぬれるヤシ
さまよい来た 命の夢のよう
赤い花をさした 黒髪の娘が
裸足で海を渡る
紫の珊瑚礁
島影を抜けるカヌー
たどり着けばやすらぎも淋しい
ボラボラアイランド ボラボラアイランド
振り向けばもういない
ボラボラアイランド ボラボラアイランド
美しい幻
深い闇 とどろく雨
初めて知る 命の短さよ
その色を忘れた 星を仰ぎながら
訳もなく涙が
こぼれたよ この目から
貝殻の首飾り かけてくれた
その人はエミール
ボラボラアイランド ボラボラアイランド
振り向けばもういない
ボラボラアイランド ボラボラアイランド
美しい幻
というものでした。
30年程前、ボラボラは最後の楽園と言われておりまして、宿泊施設も『ホテル・ボラボラ』というホテル一軒ほどしかなく、羽田を発ちハワイで乗り継ぎタヒチのパペーテでもう一度乗り継いでボラボラに着くということですから、ドア・トゥ・ドアで丸一日24時間の旅になったのだと思います。今では関空、成田からの直行便もあり、タヒチのパペーテで乗り継ぐと45分でボラボラ島に着きます。
私は最後の楽園というイメージのままボラボラ到着しましたが、思いのほか開けているという印象がありました。それは、観光のためのホテルが増え、空港なども観光客を迎えるのに充分なマニュアルがあったことです。失望こそしませんでしたが、そのようになったボラボラアイランドに時の流れを感じずにはいられない部分もありました。時にはボラボラのラグーン、いわゆる珊瑚礁で囲まれている湾の中に軍用船が3隻も入ってくるという日もあり、最後の楽園にまで軍用船を入れてしまう人間の悪というものを感じずにはいられない時もありました。
その湾の中には、以前マンタという四角いエイのような生き物が沢山住んでいたそうです。マンタは1枚、2枚と数えるそうなのですが、300枚程棲息していたのが今では80枚程になってしまったそうです。死んでしまったのかよそへ行ったのかわかりませんが、人間に追われていったのでしょう。魚も昔より数が減ったそうです。船が行き来する海を避け、人間を避けて行ったのだと思います。しかし、そこにある海は蒼く、空は澄んでいました。時には思いもよらないスコール(にわか雨)に見舞われ虹が出ていました。自然というものは、そういう人間を寛容に受け入れ変貌し存在しています。もしかしたら人間が地球を壊してしまうかもしれませんが、それも大宇宙という自然の営みのなかでいずれは清算されていくことでしょう。
とにかく、出かけている最中はスタッフに、私の知り合いのことで何か変わったことがあったら知らせて欲しいということを言い残して出かけていきました。ボラボラ島のホテルの中には、テレビもラジオもありません。こちらが特別注文しなければ日本語の新聞は届かないという状態でした。私たちは東京という情報の渦の中にいて、自分に全く関わりのない事件が起きていても報道されてしまえば、その事件が自分のすぐ側に起きた事と同じ重さを持ってしまいます。もちろん、これは自分に関わりのないことなら何も知らない方がいい、という意味でお話ししているのではありません。昔は多くの情報が届かない町や村がありました。そこに暮らしていた人々は、自分の親類や仲間が生まれた、結ばれた、そしてこの世を去っていったということ、豊作や厄よけの祈願など。そういったお祭り事が情報として村に伝わっていったわけですが、今はこれ程、世界中あるいは宇宙の果てまでも情報が行き渡るようになってしまい、その情報が大きければ大きいほど、人間の心の中に起こってくる波の幅は大きくなっていくということです。もちろん情報にはスポーツや娯楽もあります。と同時に悲惨な事件や行政のことなど、ある意味で知らないまま終わってしまえば自分の中に起こらなかったのと同じ状態でいるのになあ、としんとした空間で海や空を眺めながら思いを巡らしていました。
先の岩谷時子さん作詞の『ボラボラアイランド』の中に「初めて知る命の短さよ」という部分がありますが、楽しい楽しい夏休みの中、その歌詞が度々頭に浮かんできました。しかし、それは悲観的な意味だけではありません。海ばかり好きだった私が、今年佐渡で暮らすことにより山の美しさを知りました。以前は山に住むことは出来ないと考えていた私ですが、将来私も山ごもり出来るのかも知れないという思いに至らせてくれる草や木が、そして虫たちがいました。今年の夏はこうして山を知り、海を満喫できる夏休みであったこと、返す返すもありがたかったと思います。その休日を何一つ余念なく過ごせたことに感謝します。
タヒチの隣の島、モーレア島というところはミュージカルの『南太平洋』の舞台になったところです。私が小さい頃に観た『南太平洋』のオスカー・ハマースタイン二世とリチャード・ロジャースの曲浮かんできます。
ところで、皆様はボロボラにはいらっしゃったことがおありでしょうか?私は一生の思い出の為に、今回ビデオを撮ってきて今編集しているところです。皆様のお目にかける事が出来るかどうかわかりませんが、ボラボラで潜った海の記念です。
皆様にお休みのことばかりお話しして、自分の幸せばかりを訴えているようで、失礼に聞こえるかもしれませんが、とにかく自分が充分に夏休みを過ごせたことをお伝えしたくてこのようなコメントになってしまいました。皆様も将来是非仕事のためでなく、生きる楽しみだけのための時間を作られることをお勧めします。もしかしたらそうして過ごしていらっしゃる方もおありかも知れませんから、私からこのようなことを言うまでもないかもしれませんけれど…。
将来海は、しばらく南の方を旅して行きたいと思っています。いずれは映画『グランブルー』の舞台になったイタリアの海なども潜ってみたいと思います。取り留めのない文章になってしまいましたが、ぬける空と蒼い海と魚たちとそよぐ木々と、そして少しばかりの人間の不自然さを考えながら、今月のコメントはこの辺で終わらせていただきます。
自分の休暇の楽しみばかり申し上げて本当に申し訳ありませんでした。
このコメントを書いているのが9月半ば過ぎなのですが、もうその時には10月の舞台の助走に入っています。日焼けもしてしまいましたし、舞台に立つ筋肉も落ちてしまいましたので、何とかこの間に取り戻し劇場の中で生きれる人間になっていきたいと思います
それではまた歌舞伎座でお目にかかることにいたしましょう。