コメント--バックナンバー 1999年12月

 皆様、ご機嫌いかがですか。
だいぶ気温も下がり、やっと初冬という感じになってきました。それにしても暖かくなったこの日本列島です。
11月地方公演の仙台、金沢、名古屋、札幌の『夕鶴』も無事に終わりました。
 これまで、東京のセゾン劇場で2回と大阪のシアター・ドラマシティで1回、そしてこの度の巡業で4回目を迎えたわけですが、やはり発見することが多くありました。それは、一つの劇場で毎日毎日その作品を磨いていくということと違って、場所がそ の度毎に代わるということ。劇場のスケールによって変わる舞台の大きさと、客席数の 違い。広かったり狭かったりする度毎に『夕鶴』という空間を小さくしたり大きくした りしなければなりません。その事自体は、俳優にとってエネルギーを必要とすることで すけれども、それを積み重ねることによって発見をし意味が深まっていくということを つくづく感じます。
 これは、過去に歌舞伎の巡業でも経験したことなのですが、たとえば東京で全く反応がなかったことが、地方のお客様が待ちに待ったということで、幕が開いた途端に拍手が起こるとか、出た途端にお客様の歓声が上がり、しばらくの間、台詞がしゃべれないということもあるのです。それによってお客様の見ている視線というものが、演じる側にわかる、あるいはお客様の期待度というものがわかるということがあります。東京などで観劇に慣れているお客様も、声に出さなくてもそういう気持ちを心の中に流しながら観ているということを発見することによって、別に歓声や拍手が起こらなくてもそのお客様の波を感じながら役を作れるということです。
 それと、台詞の一つ一つが小さい場所で浸透していたのもが、大きな劇場では浸透する長さが違い、浸透の振幅を変えていることによって、その書かれている台詞の深さがわかったり、意味がはっきりわかったりするのです。劇場が大きければ良いということではなくて、小さくなったにも関わらず、その幅を持って心に理解しながら、毎日の台詞を改めて言い直すことができるのです。
 また、相手役との距離感、実質的な距離ではなく、役の距離感というものを再度確認できます。そのことによって『夕鶴』がもうひとつ新しくなりました。
 大きい劇場の客席数が1,600とか2,000になりますと、多少マイクで音を拾ったりしなければならないということが起きてくるわけです。これは実音で話せるとい う演技方法としては、異例なことかもしれませんが、かえってマイクで拾ってもらうことによって、自分がしゃべっている台詞が反響で聞こえてきて、また意味が解るということが起きてきます。また、幅が出来ていく、殺ぎ落とされていく、練り直していくということが、地方公演ではできるなということを感じました。
 そして、今回、金沢に行きまして『泉鏡花記念館』がオープンし、記念の事業として泉鏡花先生に対する講演を致しました。
 今迄、金沢という土地を度々訪れていましたけれども、今回の公演はお休みの日があり、金沢の『街』というものを感じた時に、城下町ということは皆様ご存知のことでしょうけれども、伝統工芸というものが浸透している町だなと思いました。それと、多少 保守的なところもあると言われるような町ですけれども、そういうことによってかえって落ち着きというか、静けさというか、もうひとつは、お客様に媚びないということは言い過ぎかもしれませんが、そういう良さというものも感じました。
これは、いつになるかわかりませんけれども、取材などで伝統工芸の人達にお目にかかりに金沢へ行った時に、感じたことを改めて皆様にお話したいと思います。
 色々感じた一つの原因は、1月の昼の部の『吉野山』の常盤衣(静御前が着る掛けのようなもの)を新しくあつらえるために、西陣織の織物屋さんに注文し、織りの柄を決めたり織りの糸の色を染めたりして度々やり取りしている間に、西陣織が今の時代に大変需要が少なくなって、職人さんが存続できないといった状態であるということを耳にしました。イタリアでもタフタとかモアレ、そういった織物がきちっとある世の中なのに、日本のこの美しい織物、皆様は七五三とか成人式で締めたことのある帯、私たちはいつも衣裳の打ち掛けとか、袴とか立役さんの着付けなどで見ている織物が、大変、作り難くなってきているのです。日本にとって、大切な美というものが失われていっているのだということを今回感じました。そう思っている時に、金沢という町を訪れたので、尚その日本の工芸品のあり方というものが肌に染みたのかもしれません。伝統工芸というものは、私たち歌舞伎俳優にとって大変大事な身の回り品であるということを今回改めて夕鶴を各地で公演し、この秋の素晴らしい時期にそう感じたのです。
 そして、この夏以降見た日本の時代劇の映像、いわゆる映画やテレビですが、そういうものの織物がなかなか良いものが無いというのを思ったこと、それと『鬘』です。歌舞伎のような鬘は、いわゆる銅で生え際がかたどられていて、その上に布(白の羽二重)が貼られ、そこに毛が植わっていて、化粧と合わせます。その布が白であったり、肌色 であったりするわけですが、リアルなもの『天守物語』や『長谷川伸』のものであるとか、『新書太閤記』のようなものは、『アミ』という鬘を使います。それは生え際が細 かいアミで出来て、肌のような色でそこに毛が植わっていて、その網が化粧した肌とぴたっと合うのです。大体5〜10m位離れると、その生え際が見えなくなるという手法が戦後新しくできたわけです。そういう鬘を被っているんですけれども、つくづくその アミの鬘が衰退というか、後退したなと思ったのです。
 ハリウッドやヨーロッパの映画、演劇あるいは『レミゼラブル』などの鬘は、地頭なのか鬘なのかがわからないような鬘が出来てきました。今は日常生活に使う鬘、そういうものが非常に発達しているにも関わらず、演者の被る鬘が全く進歩していないように思いました。
 たとえば、アミの鬘で画面がアップになって、アミの境目が見えているにも関わらず、それがOKテイクになって流れているということです。(OKテイクというのは、テレビでも映画でも何度かやり直しをしたり、本番を回して、その中の、OKの分をOKテイクと言います。いわゆる本番のOK分です。)ですから、それをカメラマンも監督も見えていながらOKにしてしまわざるを得ないのでしょう。それはあくまでも鬘なので すから、境目が完璧に見えないというのはほぼ不可能です。それにしてもあそこまで一般的な言葉で言うと、バレルと言うか、粗製濫造なやり方で映像がOKになるというこ とを改めて考えさせられました。
 それにしても、黒澤明監督の作品の鬘は本当に素晴らしい鬘を使っています。それは、終戦直後から昭和60年前後迄の作品に全て整えられています。また、戦国時代の生え際がどうであるか、あるいは江戸後期の、たとえば『赤ひげ』であるとか、そういうものの生え際がどうであるかということをきちっと調べて作っているにも関わらずそれを受け継ぐ人が誰もいないのです。いくら白黒であっても、あんなにきちっとした生え際で境が見えないようにしつらえるているにも関わらず、今はそれがちっとも見分ける目がないと言ったらよいのでしょうか、それは日本の工芸とか映像に対するこだわり、あるいは芸術、演劇というものと切り離せられない問題として考えさせられました。    また、最近の鬘の生え際をよく見ますと、人間の生え際と全く同じようなことというのは決して無理なことですが、横から見た時に、頬のあんな所から毛が生えていることはおかしいと思う程です。そして、50歳を過ぎた人間の生え際が、ほとんど若者と同じ位のところから毛が生えていたり、長い髪の人が後ろに束ねたとしたら、髪の毛というのはひたっと頭の後ろに付いているものだと思います。それがふかふかとふかされていたりするんです。そういったことがリアルな映像の世界で行われているのは、不思議だなと思ったこの秋でした。

 さて、やっと決定し、私にとっては待ちに待った12月公演と1月公演を迎えます。12月は『釣女』の上臈ですが、皆で力を合わせて作った舞台というのはどのようなものかなと、同じ舞台に上がる私としても楽しみにしています。
 また、色々なインタビューなどでもお話しましたが、『籠釣瓶花街酔醒』は私が小さい時に観た、憧れの役の一つだったものを1999年12月の歌舞伎座の大切りで迎え られる幸せです。鬘の形や衣裳などは、初めて六代目中村歌右衛門さんの八ツ橋を観た、昭和30年前後の形というものを継承して、再現して皆様にお目にかけたいと思います。演技はいくら受け継いでも、私の方が身体がどうしても大きくもありますし、周りの配 役の方達の時代の違いというものもありますから、全く同じというわけにもいきませんが、出来る限り志を継ぎたいと思っています

 また、今年は久し振りに暮れとお正月を東京で過ごすことになります。暮れの東京、 お正月の東京というものをじっくりと味わいながら、2000年のお正月公演に向けていきたいと思っています。
 それでは歌舞伎座でお目にかかりましょう。

 そこで、皆様にお知らせです。先程もお話致しました西陣織のことですが、織物屋さんと色々話をしている内に、私は、西陣織が継続するために協力をしたいと考えました。
 まず、第一にお客様に西陣織をご理解いただき、身近な物として身に付けていただくことが、一番の方法だという考えに至りました。西陣織というもの自体、皆様に気軽に親しんでいただいている状態ではないような気 がします。それは、大きな門構えの呉服屋さんに入りにくかったり、また、どこに本当 に良いものがあったりするのかがわからなかったりすることから、ついとご自分の目や 手でお選びいただけないというのが、事実だと思います。
 そこで、私がこのインターネットを通じてご案内役を務められたらと思いました。西陣織のことが知りたかったり、または自分の身につけたり(主に帯や織物で作られ た小物)されたい場合がありましたら、どしどしお便りを下さいませ。詳しい品物や価格などは、1,2週間の内に、またホームページに載せます。織り柄 などもできましたら、載せたいと思いますが、これは著作権などの問題もありますので、解決でき次第お答え致します。
 それでは皆様、よろしくお願いいたします。